催眠の探究に、終わりはない
9月27日
私が所属している日本催眠誘導研究所が主催する、催眠体験会に参加しました。
今回は、新たに23期生として講習を受けている方や、「催眠を体験してみたい」という被験者さんが参加されていた。
私が担当したのは、50代の女性と50代の男性のお二人でした。
催眠の底力を体験してもらう
最初に担当したのは、50代の女性。
普段からヒプノセラピストとして活動されている方で、今後はアニマルトークも取り入れていきたいと考えているそうだ。
そのためにも、まずは自分自身が催眠というものをしっかり体験してみたい。
そんな思いから、今回参加されたとのことでした。
まずは被暗示性テストを行い、その方に合った催眠導入法をいくつか試していく。
催眠状態を少しずつ深めていくと、身体が柔らかくなり、立っていられないほどに力が抜けていく。
さらに、手から好きな音楽が聞こえたり、本来なら匂いのない場所から匂いを感じたり。
自分の身体や感覚に起こる不思議な現象に驚きながら、催眠はどんどん深まっていきました。
まだまだ試してみたい技法は残っていたけれど、時間となり、
催眠から覚めた彼女は、まさに「目からウロコ」といった表情で座っていました。
これまでヒプノセラピストとして催眠に触れてきた彼女が、実際に自分自身の身体と感覚を通して催眠の底力を体験した様子でした。
その体験が、これからの新しい探究への意欲につながっているようにも見えました。
「これは……魔法ですか?」
次に担当したのは、50代の男性。
催眠にかかるのは今回が初めてだという。
ふと「催眠ってどんなものなんだろう」と気になり、思い切って体験会に参加されたそうだ。
これは楽しんでもらわないと。
私も自然と腕が鳴ります。
開かなくなる手。
床から離れなくなる足。
立ち上がれなくなる腰。
一つひとつの催眠現象を体験するたびに、目を丸くして驚いている。
こういうとき、人はまるで子どもが玉手箱を開けたような目をする。
驚きと、なんともいえない「秘密を見てしまった」ような喜び。
その二つが入り混じったような表情。
私は、この表情を見るのがとても好きです。
この表情を見られることは、催眠術士の醍醐味のひとつだと思う。
最後に、最近、身体に困っていることはないかと尋ねてみた。
すると、肩こりがあるという。
そこで催眠状態を深めたあと、イメージの中で「治癒の露天風呂」へと案内した。
肩までゆっくりとお湯に浸かり、身体に溜まっている痛みや重さが、温かいお湯の中へ溶け出していく。
そんなイメージの中で過ごしてもらい、催眠から目を覚ましてもらった。
すると、
「……あれ?」
驚いたように肩を動かし、腕を回している。
「肩が……柔らかい。」
そして、
「これは……魔法ですか?」
目をキラキラさせながら、そう言った。
その顔を見て、私も思わず喜んでしまう。
人が喜ぶ顔。
「こんなことができるんだ」と目を輝かせる瞬間。
その顔を見たくて、私は催眠術士になったと言ってもいいのかもしれない。
たまたま出会った人。
その日、目の前にいる人。
そんな人を、少し元気にすることができる。
それも、催眠という技術のひとつなのだと思う。
催眠を探究する人たち
その後は、懇親会へ。
日本催眠誘導研究所学会では、年に2回、基礎講座が開催されている。
今回開かれた講座は満席で、7名のキャンセル待ちが出ていたそうだ。
参加者には医師や鍼灸師、心理療法士など、医療・心理に関わる方も多かったという。
最近では、恩師である林先生の新刊
『ミルトン・エリクソンの心理療法と催眠療法の真実』
にも注目が集まっている。
この本については、また別の記事でじっくり紹介したい。
AIによるカウンセリングや心理支援が進んでいくこれからの時代。
言葉を整理したり、話を聞いたり、情報を提供したりすることは、AIがますます得意になっていくのだと思う。
だからこそ、人間にしかできないことは何なのか。
人の心の奥にある、言葉になる前の感情。
身体に刻まれた感覚。
その人自身もまだ気づいていない心の動き。
そうしたものに、人と人との関わりの中で触れていく催眠療法には、これからまた新しい役割が生まれていくのではないか。
そんなことも感じている。
一方で、催眠療法を学んだものの、実際のセッションで思うように技法を使えず、改めて本格的に学び直すために日本催眠誘導研究所の門を叩く方もいるという。
技術は、名前を知っているだけでは使えない。
実際に人に触れ、人を観察し、経験を積み、その奥にある原理を理解していく。
だからこそ、学びには終わりがない。
そして学びは、どこで学ぶかより、誰から学ぶか。そこが重要だとも思う。
催眠の師と、探究する仲間たち
懇親会では、恩師である林先生を囲み、先輩、同期、後輩たちと、ざっくばらんな話が飛び交う。
おそらく、他のテーブルのお客さんにはついてこられないような、かなり深い話。
それでも、そこにいる誰もが耳をダンボにして聞きたくなるような深い話だ。
そんな時間だった。
林先生は、日本ではなかなか聞くことのできないような催眠の話や技術を、惜しげもなく伝えてくださる。
それはきっと、本当に人のためになる技術を伝えたいという思いがあるからなのだと思う。
そして何より、林先生自身が催眠というものに対して、深い敬意を持っている。
同時に、人そのものに対する尊重がある。
だからこそ、技術だけではなく、その技術を「何のために使うのか」というところまで伝わってくるのだと思う。
人を知ることは、自分の人生を知ること
自分が何かを本気で探究するとき、そこには少しずつ人生の軸ができていく。
ひとつの物事を深く掘っていく。
すると、その深さの中で人を知り、世界を知り、そして自分自身の人生を知っていくことができる。
私にとって、催眠はまだまだ知らないことだらけだ。
だから面白い。
催眠の探究に、終わりはない。
そして、人への探究にも終わりはない。
今日出会った人が、明日にはもう会えない人かもしれない。
だからこそ、その一瞬、その人と向き合う。
その人の中にあるものを見つめる。
そして、ほんの少しでも、その人の人生に光を添えることができたら。
そんな術士でありたいと思う。
興味の探究。
人生は一度きり。
自分が心から「知りたい」と思うものを、とことん追いかけてみる。
そして、後悔しない選択をしていきますように。

